旅を豊かにする本

その男、ゾルバ  ニコス・カザンザキス  (ギリシャ)

この本(Zorba the Greekの背景

著者:ニコス・カザンザキス(Nikos Kazantzakis)は、1883年2月8日 クレタ島イラクリオンに生まれる。クレタ島の海岸で、ゾルバと亜炭(あたん)の採掘をするも失敗。(ウィキペディアによると1917年(大正6年)とあるので、クレタ島がオスマン帝国の支配下から抜け出しギリシャに統合され、数年たった頃の話、ということになる。ゾルバが本中で触れている戦争体験は、クレタ島がギリシャに統合されるまでに生じた戦いのことである。)その後、カザンザキスは、第二次世界大戦中にゾルバとの話を基に執筆を行い、1946年(昭和21年)に「その男、ゾルバ」を発表。

この本を読んで感じたこと

ゾルバの、生きざま・在り方に圧倒されると同時に、自分の在り方・生きざまを問われる作品である。

作中の”私”(語り手であり、作家でもある)も、ゾルバに出会うことで、目を開かれ、新しい境地を知った。

そして、この本を読んで、事実、”圧倒された”ということは、わたしは、心よりも、頭で生きてきた人間なんだろうと思った。(カザンザキス風に言えば、”魂を抑えつけて”という表現になるのだろうか?)頭で生きる、心で生きるの優劣をつけるつもりはないが、後者で生きてきたゾルバは、本当に素朴で、正直で、温かく、自由なのだ。そして、生きることの喜びに素直なんだと思った。

「”・・・全てのものを、毎日、まるで初めて見るかのように・・・”」見て、「”この世界の不可思議ってやつを生きる”」のに忙しいゾルバは、せっかく生まれてきたんだ、この世界を、とことん楽しみ尽くすぞー!と宣言しているようだ。人間ゾルバをこのように最大限、フルに動かしているものは、一体何なのだろう、どこからそんな活力がわいてくるのだろうと思わずにいられない。

興味深かったのは、そんなゾルバが、俗世の人間くさい部分(大食漢で大酒飲み、女性に目がなく、放浪癖があり、仕事の鬼でもある)を持ちながらも、賢者や覚者の一面もそなえていた点である。

実際、ゾルバは、「”人間は大変な動物だし、それに神でさぁ”」と自分の体験を語っている。キリスト教の国で、こう言える人間は非常に”まれ”なのではないだろうか。ゾルバは、人に教えられた事よりも、自身の体験に裏打ちされた真実を、自分軸にしている。だから、自分の他には何も信じちゃいない、とはっきり述べている。

ゾルバは「”学校教育を受けたことはなかった”」そうだ。だから、自分の体験を通して一つ一つを自分のものにしてきたのだ。ゾルバの、世の中を見る目、人を見る目は、子供の頃からこうして磨かれてきたのだ。ゾルバの、真実に裏打ちされた言葉は、時に、教育を施されてきた人間の、自覚のない傲慢さを打ち砕くこともあるだろう。つまり、わかったような気になって、実は、何一つ、わかっていない、ということだ。頭を殴られたかのような衝撃である。

カザンザキスは序文の中で、ゾルバを「一匹の竜」に例えている。もし、ヘンリー・ミラー(「マルーシの巨像」の著者)だったら、ゾルバこそ「わたしが言いたかった巨像だ」と言うかもしれない。ある意味、人間離れしたところもあるゾルバだが、架空の人物ではない。このことがさらに驚きを大きくさせる。

最後に

これが今からざっと100年前の話、というのが、本当に驚きであり、ゾルバの話は色あせるどころか、これから、ますます輝きを放っていくのではないか、と思う。

ギリシャ旅がなければ、一生、知ることもなかった本かもしれず、旅が結んでくれたすばらしい縁に感謝している。

 

ゾルバが弾いているサンドゥリという楽器がある。Santouriとつづるようで、興味がある人はYouTube検索して、音を聴くことができるだろう。

 

「” ”」内は、本文より引用しています。