旅を豊かにする本

エーゲ海幻想 ギリシャ滞在記 大内聰矣 (ギリシャ)

題名に込められた思い

「エーゲ海幻想」というこの本の題名から、わたしは、ロマンチックな話を想像してしまったのだが、日本人が一般に抱くギリシャのイメージは、「幻想ですよ」と著者は言いたいようだ。

メリナ・メルクーリ著「ギリシャわが愛」の感想でも述べたが、ギリシャが華々しい栄華を誇ったのは、はるか紀元前の大昔である。その後、つい近年まで他国の支配下にあったギリシャは、その間、自らが築いた栄華を忘れてしまい、混沌と貧しさの中に埋もれてしまったのだろう。なぜなら、その年月が、あまりにも長すぎたからだ。

アテネ、今昔(いまむかし)

この本は、今から30年以上前に出版されているので、現在のギリシャとは、かなり違っている部分もあるだろう。

例えば、”アテネは、ネフォス(雲という意味らしいが、車の排気ガスなどによるスモッグを指す言葉らしい)で悩まされている” という部分。そのせいで…

”アクロポリスの神殿が黒く汚れ、晴れて気温が上がると、二酸化窒素や一酸化炭素の量が危険水準の3倍に達することもあり、200人くらいの人々が病院に運ばれる”

”アテネは、窓を開け放しておくと、1日で室内のものは黒くなり、テーブルを拭くと布が黒くなる。髪を洗えば水は黒くよどみ、靴の底は黒くなる。”

…などと記述されているので驚くばかりだが、近年、実際に、アテネに1週間ほど滞在し、町中を歩き回ってみたが、排気ガスやスモッグについて、特に感じることはなかった。逆に、そのような公害が、かつてあったことに驚き、大変な改善がなされたのだ、と感じたのだった。

観光だけでは見えてこない

一時の観光や旅ではなく、その国に「滞在」することによって、初めて見えてくるものがある。季節の移り変わりや、愛すべき市井の人々との交流で知る、彼らの気質や習慣、暗黙のルール、生活する上でのちょっとした工夫、そして、ガイドブックを眺めているだけではわからない、彼らの苦労や忍耐…。著者は、イドラ島の美しい景色を目の前にしながらも、ギリシャの現状を憂い、感動することができないでいたりする。

外国に滞在し暮らすとは?

本を読んでいて、すばらしいと感じたことの一つが、著者の、外国人として他国で暮らす上での姿勢(心がけ)である。必ず、これはいいね!と、うーん、これはちょっと…というのが、暮らしの上で出てくるが、”ひたすら…耳を澄まし、眺め、あせった感想を述べないようにしていた” とある。これは、非常に賢明な姿勢だと思う。性急な決めつけや批判は、現地の人たちの心を踏みにじる結果になる。

また、特に、自分が外国人だからこそ、まず、自分からオープンマインドに人に接していく姿勢や、時には慎ましく相手を尊重し、思いやることの大切さを、著者が実体験を通して表わしてくれている。

役立ったこと

わたしのギリシャ旅において、この本は、実際に役立った部分がある。この本には、著者が実際に訪問したギリシャ各地のミニガイド的な記述もあり、それも役立ったが、ギリシャ人の人となりについての情報が、特に、役立った。

例えば、ギリシャ人に何か尋ねた際、彼らは(わからなくても)テキトーに答えてくる、という気質があるそうだ。

実際、ロードス島でホテルの場所を尋ねた際、何人もの人に、あっちだ、こっちだ、そっちだ、と言われ、その度に歩き回ったし、パトラでもフロントで、ダメ元でインターネットカフェを尋ねた際、広場近くにあると即答され、半信半疑で行ってみたが、広場周辺のお店で尋ね歩くも、誰一人知らなかったし、コリントスの遺跡周辺のレストランでバス停を教えてもらうも、バス停はなかったり…、といったことがあった。

しかしながら、わたしは事前にこの本を読んでいたので、ギリシャ人は、わからない、と答え、相手をガッカリさせたくないのだ、と(勝手に)解釈していたおかげで、さほど、憤慨もせず、あー、あの本に書いてあったやつ、これかー!などと、のんきに構えることができた。(今から思うと、例えば、地図を描いてくれたり、どこを右に曲がって○○という店を左、などの、具体的な説明がない場合は、ほぼ、ガッカリさせたくない派、かもしれない)

最後に

著者は、歯に衣着せぬ、誠実な方であり、それゆえ、辛口の記述も散りばめられている。が、著者の実体験に基づく、これらの貴重な記録から、おぼろげに立ち上るギリシャ像は、今なお魅力たっぷりである。しかしながら、30年以上の時が流れ、現在のギリシャは、英語を話す人たちがさらに増え、アメリカナイズ(?)された人たちも増え、著者が述べているギリシャの独特さは、薄まりつつあるのかもしれない。

興味がある方は、ぜひ、旅に出る前に、お読みください。一層、旅が深いものになるでしょう。

 

● ””内は、本文の引用(要約したもの、部分的に抜粋したものも含む)です。

おすすめ記事