旅を豊かにする本

イカロスの飛行 ケヴィン・アンドリュース  (ギリシャ)

この本(The Flight of Ikarosの背景

ケビン・アンドリュース(Kevin Andrews)は、アメリカの作家、考古学者。ギリシャをこよなく愛し、1975年ギリシャに帰化した。1948年~1951年の夏、ペロポネソス半島を旅した時の紀行文である。1959年発行。

背景には二つの戦争、第二次世界大戦(The World War II、1939-1945年、一時ギリシャはドイツの占領下となる)とギリシャ内戦(Τhe Greek Civil War、最初の兆候は1942年から1944年に発生、最終的にはアメリカが政府側に3億ドルの援助を与え、更にいくつかの要因が重なり1948年ゲリラ側に勝利した)が絡んでいる。そして戦後の貧しいギリシャにはアメリカの機械や食料、インフラが導入されていった・・・。

この本の魅力

別記事で紹介した「マルーシの巨像」(ヘンリー・ミラー著)の約10年後のギリシャがここでは描かれている。著者がアメリカ人というのも共通している。外国人であり近代化された国から来た彼らが、まだ手付かずの(当時まだ近代欧米化されていない)ギリシャ(ギリシャ人)のどのような点に惹かれ魅了されていったのか、まずは注目したい。(別記事の「マルーシの巨像」では美しさを強調して感想を述べてしまったが)「マルーシの巨像」を読むことでケビン・アンドリュースの言わんとすることが、この「イカロスの飛行」を読むことでヘンリー・ミラーの言わんとすることがよくわかる。

ギリシャの美しい生活風景や自然がまるで一枚の絵のように丁寧に気持ちを込めて描かれている。その一方で、トルコによる400年の支配からやっとギリシャが解放された後、今度は西側東側の大きなハゲタカ達によって蹂躙されてきた歴史が語られる。そんな現実にギリシャの剥き出しの美しさが余計に心を痛くさせる。

そして今、アメリカがギリシャの再建・援助名目で乗り込んできたのだ。アメリカ人である著者は必ずしもギリシャ人に歓迎されるわけではないが、ギリシャ人と交流を続けていく。われわれ読者も数々のエピソードでギリシャ人の心、本音に触れていくうちに、彼らに魅了されていくかもしれない。

著者ケビン・アンドリュースのギリシャに対する愛情は、この本を通してたっぷり伝わってくる。裏返せば、彼のくもりのない目、まっすぐな心、ギリシャ人への尊敬の念がこの本を生んだのだろう。彼はいつの日かギリシャの人々でギリシャ全土の地図が描けるだろうと言っている。その地図は地名だけでなく、知り合った人々と、そのつながり、分け合った経験などが書かれたものだそうだ。

最後に

ギリシャを(ギリシャ人を/ギリシャらしさを)こよなく愛したケビン・アンドリュースであったが、最後に彼が帰国した時に見た、海を渡ったギリシャ人の、ギリシャ人らしさを失った、すっかりアメリカ化してしまった彼らの様子には何とも言えないやるせなさを感じた。と同時にわたしが思い出したのはこの作品の10年前のギリシャの話、「マルーシの巨像」のワンシーンだ。彼らがアメリカ人のヘンリー・ミラーに言い放ったのだ。ギリシャ語の完璧な美しさ、詩人のための言葉だと。商売人のための言葉(「英語」を意味すると考えられる)じゃないのだと。その10年後にはアメリカ化しすっかり母国語のアクセントを忘れてしまった彼らが描かれている・・・。思わずホロリとさせられた。