ひとり旅日記 ギリシャ

女ひとり旅日記 テサロニキ 考古学博物館見学 3 ギリシャ旅79

◆館内の展示ボードと写真を中心に、膨大な展示の中から、個人的に惹かれたものを紹介します。一部、ガラスの反射で写真が見にくくなっています。ご容赦くださいませ。

古代マケドニアの教育

テサロニキ考古学博物館 展示ボードの写真

 

教育
子供たちは読み書きや、音楽、数学を教えられました。
レッスンは家だけでなく屋外でも行われました。
たとえば、アリストテレスは、ミエザ(現代のレフカディア、ナウサ)のニンファイオンの日陰の小道でアレクサンダーと彼の学友を教えました。

展示ボードより一部引用/和訳

 

運動競技
主な運動場は体育館でしたが、練習や試合は屋外でも行われました。
Payotribes(コーチ)、hoplodidaskaloi(武器の達人)、トレーナーなどを含む専門スタッフが、そこで練習を行う若い男性を担当しました。

2つの特別条例が、ヴェリアとアンフィポリスの碑文に保存されており、マケドニアの都市がどのように「子供」(14〜18歳)の運動能力、「ephebes」(18〜20歳)の軍事訓練、および 徴兵された「若者」(20-30歳)の体調を管理・強化していたか、記述されています。

展示ボードより一部引用/和訳

 

武具・武器

武具

”死は、最も荘厳な甲冑に身を包み、武器を携えたあなたを見つけることでしょう”
クセノポン、アナバシス(紀元前4世紀初頭)

マケドニアの戦士は武器と一緒に埋葬されました。 したがって、彼らの埋葬は、武具(武器)に関する豊富な情報を提供してくれるのです。

展示ボードより一部引用/和訳

 

テサロニキ考古学博物館 展示ボードの写真

ミエザの古代マケドニアの墓内に描かれた壁画装飾。紀元前250年頃。

 

兜や膝当(ひざあて)・脛当(すねあて)など。

テサロニキ考古学博物館

 

”拍車付きサンダル”の図

テサロニキ考古学博物館

 

長槍の穂先と剣。展示の壁には(見えにくいが)重装歩兵が密集して隊を組み、前列は長槍を真正面に構え、後列は長槍を斜め上に構え、前進している様子が描かれている。

テサロニキ考古学博物館

 

テサロニキ考古学博物館

 

攻城塔を乗せた軍船模型。攻城塔は敵方の要塞を襲い、高い壁を突破するための兵器。

テサロニキ考古学博物館

 

船のデッキには投石器が2台。(見にくいが)白っぽい塊は積まれた石。

テサロニキ考古学博物館

 

攻城塔の中にも大きな投石器が設置されている。

テサロニキ考古学博物館

 

2隻の船が土台になっているとはいえ、こんな大掛かりなものを船上にこしらえるとは、驚きである。これで海岸沿いの要塞を襲ったのかもしれない。

 

つづく

冒頭写真については下記の通り:

アッティカの白地技法で絵付けされた、葬儀の供物用に使用されたオイル瓶、レキュトス。 紀元前420年頃の、墓地の情景を描いた壺絵師「葦(あし)」の作品。

テサロニキ考古学博物館 展示ボードより引用/和訳

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