ひとり旅日記 ギリシャ

女ひとり旅日記 テサロニキ 考古学博物館見学 4 ギリシャ旅80

◆館内の展示ボードと写真を中心に、膨大な展示の中から、個人的に惹かれたものを紹介します。一部、ガラスの反射で写真が見にくくなっています。ご容赦くださいませ。

古代マケドニアのカントリーハウス

アスプロヴァルタのカントリーハウスの模型

3500平方メートルの敷地に建てられた、広さ約915平方メートルの住宅。

テサロニキ考古学博物館

 

テサロニキ考古学博物館 展示ボードの写真

2階建ての家の周囲には、予備の部屋と作業場があり、中庭は家畜の飼育スペースと穀物を加工する場所を含んでいました。

紀元前4世紀後半ごろに建てられ、紀元前3世紀半ばごろに放棄されました。

展示ボードより一部引用/和訳

アスプロヴァルタ:ギリシャ北部、中央マケドニアのストリモニコス湾に面した町のようである。

 

Leteのカントリーハウスの模型

建物の面積は802.5平方メートル。

テサロニキ考古学博物館

 

テサロニキ考古学博物館

中庭の周りには、住居のほか、穀物の貯蔵所、農産物(特にワインの)加工所がありました。寝室は2階にありました。

別棟のトリクリニウムは、豪華に装飾されたダイニングスペース(食堂)でした。
西暦2世紀半ばごろに建てられ、西暦4世紀後半から5世紀初期ごろに放棄されました。

展示ボードより一部引用/和訳

Lete:テサロニキから北東10キロぐらいにある町のようである。

 

古代の生け簀(いけす)

ヴェリアのカントリーハウスで見つかった生け簀(いけす)

テサロニキ考古学博物館 展示ボードの写真

壁に設置されているのは、魚が熱や太陽から身を守ったり、卵を産むためのものです。

paliomana、ヴェリアのカントリーハウス
西暦2世紀から3世紀ごろ

展示ボードより一部引用/和訳

 

その他、釣り針など。

テサロニキ考古学博物館

 

古代の養蜂箱

粘土製の養蜂箱

テサロニキ考古学博物館

この養蜂箱の内側には指の跡が見てとれます。
ミツバチが巣を作ることができるよう、表面を粗く作ることが目的でした。

N.アポロニア、テサロニキ
紀元前3世紀~紀元前2世紀ごろ

展示ボードより一部引用/和訳

 

古代のガラス

hyalos、 kyanos(青い石)、fused stone(融合した石)…
これらは、今日、ガラスとして知られている物質にギリシャ人が付けた名前です。

ガラスは、フリント、カルシウム、ソーダを1100℃の温度で粉砕・溶融した合成物質です。
ガラス製造に使用されたソーダは、ナトロンと呼ばれる物質でした。
古代マケドニアのハラストラ湖(ピクロリムニ湖)は、ナトロンの数少ない供給源の1つでした。

展示ボードより一部引用/和訳

 

面白いものを発見! ネズミのように見えるが…。

うさぎの形をしたガラス器の一部(?)

テサロニキ考古学博物館

Karitsa、ピエリア。西暦3世紀~4世紀初頭

展示ボードより一部引用/和訳

 

古代の商船の模型

紀元前4世紀ごろの商船のレプリカ

テサロニキ考古学博物館

この船は、キプロス島のキレニア沖の外洋で発見されました。長さ14.75mでマストは1つしかありませんでした。船体には、造船業者によってギリシャ文字が刻まれており、それらは船の組み立てを補助するためのものでした。

船の貨物は、サモス島とロードス島の油とワインで満たされた、404個の輸送アンフォラでした。また、アーモンドや石も運んでいました。

船体に刺さった槍の穂先から結論できる通り、キレニア沖の外洋で、船は海賊に襲われました。海賊により荷物は略奪され、船は沈没しました。

模型作成:E.Kardimis

展示ボードより一部引用/和訳

 

つづく

冒頭写真:木の実(オリーブ?)の収穫場面 展示ボードの写真より

 

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