ひとり旅日記 ギリシャ

女ひとり旅日記 エピダウロス 遺跡見学再開 3 ギリシャ旅151

アバトン(聖なる仮眠所)

聖域の北端に位置するプロピュライア(正門)跡から、ふたたび聖域の中心へ向かって南下していくと、巨大な建築物が目に飛び込んでくる。これが、夢の中でアスクレピオスに治療を受けるために、患者がこもった聖なる仮眠所:アバトン跡である。

エピダウロス遺跡

 

さっそく、展示ボードを見てみよう。(一部引用し、ざっくり和訳)

アバトンのストア(エンコイメテリオン)は、患者が眠っている間に、治癒の神アスクレピオスと接触し、治癒される場所であった。謎に包まれた神秘的な癒しであったため、ストアは「アバトン(不可侵)」、つまり、アスクレピオスに会う準備ができていない人々の立ち入りは禁じられていたそうだ。

アバトンは長さ70メートル、幅10メートルの細長い2階建ての建物で、アスクレピオス神殿とトロスの北側の、やや急な斜面に建てられている。建築過程は2段階に分けられ、紀元前4世紀初頭に、ストアの東半分が斜面の高い場所に建てられ、紀元前4世紀後半の第2の段階においては、北西の斜面によって生じる段差を利用し、…2階建てのストアが建設されたそうだ。…

アバトンは、古典古代の2つの建築様式:イオニア式とドーリア式が組み合わさった建物で、 当初の東棟は17本のイオニア式柱を備え、その北東の隅にはアスクレピオスの神聖なる井戸が組み込まれていた。水は常に治癒の過程における主要な要素の1つであったという。建物の後ろ半分には、患者が夢で神に会うための準備を行う密室があったそうだ。

聖なる仮眠は、2階建てである西棟の1階部分で行われ、その正面の壁はドーリア式のエンタブラチュアを冠した半柱で装飾され、狭いドアが2つだけあったという。(内部は神に会う準備ができている人だけが見ることを許されていたが)、その中は、八角形の丈夫な柱が上部ストアの木製の床を支えており、一方、患者が横たわっていた床は土間だったという。 部屋の設備として石のベンチが残されており、睡眠前に何かしら未知の処置がそこで行われたことを示しているそうだ。

ストアの2階は、先に建築された東棟と同じ高さにあったゆえ、31本のイオニア式柱が上層階の正面に形成されたそうだ。 柱の間に設置された背の高い石の仕切りは、見かけは手すり(柵)を模しているが、建物内で何が起こっても秘密を保持するためのもの(目隠し)だったという。

患者たちは、西側の上層階と東側の建物で準備を整え、神聖な井戸の水で身を清め、ストア内に建てられた石碑に記録された驚異的な治癒の物語を読み(それら自己暗示によって奇跡の治癒へ導かれたという)、それから2階建てストアの1階に行き、地面に横たわり、奇跡の夢が訪れるのを待ったそうだ。 眠りは患者たちの病そのものの死を象徴し、夢の中に現れたアスクレピオスは、彼らに新しい健康な命を授けたという。

発掘調査により、すでに紀元前6世紀半ばには、聖なる仮眠は井戸の前にあった、当時の小さな軽量構造の建物の中で行われていたことがわかっており、アバトンの東側部分とアスクレピオスの浴場の下で、聖なる仮眠所の初期段階を収容していた長さ15メートルの小さなストア跡が発見された。紀元前5世紀の間に、その小さなストアは、台所とトイレを備えた大きな建築物に置き換えられたという。

それからアバトンは、ローマ時代後期のストアに組み込まれ、聖域の最も重要な建物を取り囲む形になり、その後放棄され、廃墟と化した。

今日残っているのは、建物の下部と上部構造の多くの部材のみ。遺跡見学者は、部分的に復元されたアバトンを目にすることができるだろう。…

展示ボードより(一部引用し、ざっくり和訳)

 

(写真下↓) 展示ボードによると、階段の奥の高い場所に東棟が建っており、手前の低い場所に西棟(2階建て)が建っていたようだ。

エピダウロス遺跡

 

西棟の1階が、部分的に復元されている。入ってみよう。

エピダウロス遺跡

 

(写真下↓) 中はこんな感じ。天井や梁は、木材が使われているように見える(展示ボードによると、2階部分のストアの床が木とのことだった)。

エピダウロス遺跡

 

天井が木であれば、当然、その上(ストア)を歩く人々の足音がするはずだが、夢の中で神の治療を受けるため、気を静めて眠りにつく患者のことを考えると、厳しく立ち入りが制限されていたことも納得する。

アバトン内のレリーフの写真

部分的に復元された西棟の1階には、2枚のレリーフ写真の展示ボードが掲げられていた。1枚ずつ見てみよう。

アスクレピオスの聖域の最初の治療、エピダウロス、紀元前4世紀

足の指に傷を負った男がヘビによって癒されました:神殿の使用人たちが彼を運び、椅子に座らせた時には、ひどい状態でしたが、彼が眠りにおちると、アバトンからヘビが出てきて、舌で彼の足の指を癒した後、再びアバトンに戻っていきました。彼が目を覚まし、傷が治っていることに気づくと「夢の中で美しい青年が足の指に薬を塗っているのを見ました」と言いました。

[同様の奇跡的な治療は、オロポス(*)のアンピアラオスの聖域にあるレリーフ彫刻に描かれています。アンピアラオスはアスクレピオスと同様に医療の神として働きました。エピダウロスの碑文の負傷した「足の指」を、レリーフ彫刻のアンピアラオスによって治癒された「肩」に置き換えた場合、碑文とレリーフの間には完全なる一致があります:神の神聖な動物であるヘビが眠っている患者の傷を癒します。と、同時に、患者は夢の中で神自身が治療を行っているのを見ます。〕

展示ボードより(一部引用し、ざっくり和訳)

(*)東アッティカの古代都市オロポス

このレリーフ彫刻は、エピダウロス遺跡で発掘されたものではなく、また描かれているのが医療神アスクレピオスでもないため(ここを訪れた見学者にとって)肩透かし感がないわけではないが(笑)、しかしながら、この両者の比較・共通点を興味深く思った。また、レリーフの右半分に「ヘビに癒される睡眠中の患者」、左半分に「夢の中で神に治療を受ける患者」が描かれ、2つの異なる場面が同時進行で描かれているのも興味深い。

アスクレピオスの聖域の治療を記した第二の石碑、エピダウロス、紀元前4世紀

エピロスのアンドロマケは、出産のために聖域に来ました。彼女はアバトンの中で眠り、夢を見ました。彼女には、美しい少年が彼女のドレスをめくり上げた後、神がその手で彼女の腹に触れたように見えました。夢の後、アンドロマケには夫:アリュバス(アリバス)との息子が生まれました。

[同じ内容を伴う患者の治癒の表現が、ピレウスのアスクレピオスの聖域から出土した紀元前4世紀のレリーフ彫刻に見られます。ピレウス考古学博物館所蔵。]

展示ボードより(一部引用し、ざっくり和訳)

 

こういった奇跡の治癒の記録を読みながら、患者は自分自身に集中し、治療のために眠りについたのだと思うと、何とも、神秘的だな…と思ってしまう。

さて、展示ボードを見た後は、西棟1階を出て、階段を上ってみよう。

エピダウロス遺跡

 

かつては、31本あったというイオニア式柱。

エピダウロス遺跡

 

この柱と柱の間にある、フェンスのような石の塀を見た時に、ちょっと奇妙な違和感を感じたのだが、聖なる仮眠所の神秘・秘密を保持するための「目隠し」と知り、改めて、ここは聖域の「特別な場所」なのだと認識することができた。

つづく

冒頭写真:アバトン(聖なる仮眠所)跡、エピダウロス遺跡

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