女ひとり旅日記 コリントス遺跡 アポロン神殿 ギリシャの旅187
アポロン神殿
さて、考古学博物館でリフレッシュした後は、いよいよアポロン神殿へ!
見えてきた! 見えてきた!
コリントス遺跡
短かくて、どっしりした柱。
コリントス遺跡
力強さみなぎるアポロン神殿
コリントス遺跡
さあ、だいぶ近づいてきたぞー!
コリントス遺跡
何か発見はあるだろうか…?
コリントス遺跡
柱頭が気になって、カメラをズームしてみると…
コリントス遺跡
上写真の拡大(↓) 最初は、雨の伝った跡(雨染み?)のようにも見えたが、着色の跡だろうか…2、3本ほどの線が、柱頭の縁に沿ってきれいに描かれているのが見えた!!
コリントス遺跡
こちらは柱の側面のズームアップ(↓) 気の遠くなるような時の流れを感じる。
コリントス遺跡
別アングルからの神殿。
コリントス遺跡
それでは、展示ボードを見てみよう。
アルカイック時代の神殿に立つ7本の柱は、コリントスで最も目立つランドマークの一つです。しかしながら、こういった第一印象とは異なり、それらは建物の裏側の部分にあたります。
この神殿のアポロンへの奉納に関しては、パウサニアスのコリントスの記述と、この地域の泉とアポロンに捧げられた小さな銘板から推測されています。
紀元前7世紀に破壊された神殿の再建として、紀元前6世紀半ばに建てられたこのドーリア式の神殿は、当初は両端に6本の柱が立ち、両サイドには15本の柱が並んでいました。特徴としては、横幅に比べて長さのある神殿で、巨大な一枚岩の柱、ずんぐりとして大きく広がった柱頭が挙げられます。
紀元前6世紀半ばに建てられた神殿の大部分は破壊されましたが、岩盤には基礎ブロックを乗せるための切り込みが残っており、神殿跡の平面図を復元することができます。
神殿の内部は、両端のポーチと、横断壁によって2つの部屋に仕切られた中央の長い部分(内陣)で構成されています。…この横断壁は堅固な壁であり、内陣の西側の部屋へ行くには西側の扉を通る必要がありましたが、横断壁に戸口が設けられていた可能性もあり、その場合、西側の部屋はアディトン(立ち入り禁止の聖域)として機能していた可能性があります。いずれにせよ、内部には2列の柱が建物の全長に渡って並んでいました。
アルカイック時代以降、(神殿の)丘の頂上へ行くには、丘の南東の角にある階段を使って上っていましたが、ローマ時代になると、この地域には多くの変化がもたらされ、神殿へのアクセスは西側からになりました。この変化は、丘の異なる3つの斜面で行われた工事によるもので、階段を閉鎖し、斜面を採石したことによるものでした。
さらに、ローマ人は神殿自体にも抜本的な改築を行いました。内部の柱を撤去し、その一部を南ストアの西端近くに一列に並べました。それらは今もなお、その場所に立ち続けています。
展示ボードより (一部引用し、ざっくり和訳)
神殿の彩色について、展示ボードに記載はなかったが、近年の研究によると、ギリシャ・ローマ時代の神殿はカラフルだったことが分かってきているらしい。
色々な角度から、神殿を見てみよう。
コリントス遺跡
後ろに見えるのは、アクロ・コリントス山。
コリントス遺跡
神殿の素朴さがいい。
コリントス遺跡
近くに倒れていた巨大な柱の一部。
コリントス遺跡
展示ボードによると、柱が残っている部分が神殿の裏側にあたるそうなので、この写真で言うと、手前に正面ポーチがあったらしい。
コリントス遺跡
すばらしい眺め。
コリントス遺跡
アポロン神殿周辺の景色
アポロン神殿の丘から見た「北西の商店群」。
コリントス遺跡
同じく、アポロン神殿の丘から見た「フォロロマーノ西端」辺り。
コリントス遺跡
眼下に見えた海(ズーム写真)
コリントス遺跡
コリントス遺跡は、海を見下ろす小高い丘にある。
コリントス遺跡
写真を2枚つなげてみました。
コリントス遺跡
その他:遺跡周辺にある教会やお土産屋さん、レストランなども見えた。
コリントス遺跡
冒頭写真:アポロン神殿、コリントス遺跡