じゃれ合う犬たち
わたしは、バス待合所の入口付近に固まってバスを待つ人々を遠目に見ながら、道路を隔てた場所に設置されたバス停に、たった一人、ポツンと座っていたわけだが、突然、道路に躍り出てきた5、6匹の犬たちに、度肝を抜かれていた。
え?!
よく見ると、なんと、彼らは首輪をしていなかった…。
野犬だ‼
仲間とじゃれ合い、走り回る無邪気な姿は微笑ましく、また、野生化した犬の群れなど見た事もなかったわたしは、それを興味深く観察もしていたが、しかしながら、実際、頭の中はパニックだった。
「狂犬病」の文字が大きく浮かび上がり、もし、噛まれたら、旅は即刻中止、病院行きだー‼と思った。その場からすぐに立ち去り、安全な建物の中に避難したかったが、そうするには、野犬のいる道路を横切らなければならない。それは却って危険かもしれなかった。逃げるもの、動くものに反応して、犬たちが追いかけてくるような気がしたのである。
とにかく、わたしは、彼らを刺激しないよう身動きを止め、念じ続けた。
こっちに来ないで~!!
動くものに反応
そうこうするうちに、無邪気に遊ぶ犬たちは、道行く車を追いかけ始めた。ここ、イスモスは、ペロポネソス半島とギリシャ本土を結ぶ要所のはずであるが、なぜか、バス待合所前の道路の車の往来は、多いとは言えなかった(時間帯によるものなのか、季節的なものなのか、理由は不明)。よって、彼らには、たまに通りがかる車にちょっかいを出す余裕があったのだった。
車に走り寄るもの、車と並走するもの、車を追いかけまわすもの、車を威嚇し吠えるもの、さまざまな犬の反応があった。
車の運転手は、驚くも、スピードを落とし、彼らを傷つけぬよう走り去っていった。犬も手慣れたもので、車がスピードを落とすのをいいことに、運が良ければ、まるでエサでももらえるかのような、無邪気さであった。
息を殺す
身動きを封じ、念じ続けるもむなしく、ついに3匹ほどの犬が、コリントス市内行のバス停に向かってきた。わたしは「助けてー!」と道路の向こう側の人々に目で訴えたが、もちろん、そんなものは届くはずがなかった。
わたしは全身の血管が縮むようにゾッとして、恐ろしくなったが、それでも身動きはせず、声も出さなかった。とにかく彼らに反応してはいけない、わたしは、バス停のベンチになり切るんだ、と自分に言い聞かせた。
彼らを観察する限り、人に向かってくる様子はなかったが、万が一、取り囲まれてしまったら…、そして、噛みつかれてしまったら…そう思うと気が気でなかった。
ミコノス島で出会ったおじさんが「ギリシャは犬を取り締まる金がないんだ」と言っていたのを思い出し、このことだったんだー、と、今さらながら思ったりした。
避難
どのくらい固まっていたかわからないが、すぐ手の届く距離まで彼らは近づいてきたけれども、わたしがピクリとも動かなかったので、関心をなくしたようだった。1メートルほど離れ、座り込み、仲間とじゃれ始めた。
そして、犬たちの関心が、”完全に” よそへ移った隙に…
今だ‼
わたしは道路を渡り、待合所前の人々が固まっている方へ避難したのだった。
運が良かった
避難してホッとすると同時に、だから、バス停には、人っ子一人いなかったのか…と納得した。そして、人々と一緒にいることが、こんなにも安心することなんだ…と、心底思った。
おそらく、野犬たちは、愛護する人々から定期的にエサをもらい、ケアされているのだろう。人を敵視したり、空腹で襲いかかってくることもなく、こちらがちょっかいを出さなければ、何もしてくることはなかった。また、わたし自身、食べ物の匂いをさせていなかったのも、良かったのだろう(例えば、犬は食べ物の匂いに我慢できないものである。わたしがお惣菜を手に持って帰宅中、散歩中の犬が寄って来てしまい、飼い主さんと笑い合った、ということが過去にあった)。
肩透かし
しばらくすると、コリントス市内行バス停に人がいるのに気づき、犬たちの姿も見えなくなったので、わたしは道路を横切り、バス停に戻った。
バス停にいたのは、2人組の男性だった。彼らに話しかけてみるも、彼らは英語を話さないようだったが、かろうじて「アルバニア」という言葉が聞き取れた。そして、わたしの質問に答えようと、身振り手振りで一生懸命、伝えようとしてくれた。
もしかして、おそらく…ではあるが、「バスは7時に来るよ」と、伝えてくれているようにも思えたが、わたしはさっぱりわからず…とにかく、わからなすぎて笑ってばかりいた(日本人だな~…笑)。
わたしは、当然のように、彼らと一緒に、コリントス市内行バスへ乗り込むつもりでいたが、しばらくすると、彼らは別のバスに歩み寄り、走り去ってしまったのだった! 突然の別れに、わたしは、いくぶん複雑な思いで彼らを見送った。
イスモス出発‼
そして、かなりの時間が経ち、ようやくバス停に人が集まってきた。そして、わたしは無事、コリントス市内行バスに乗ることができた。
ホッ!
とにかく、何事もなく、イスモスを出発することができた。
ホーッ!(やれやれ…)
寿命の縮むような、なかなか恐ろしい体験であった。
つづく
冒頭写真:イスモスのバス停に集う野犬たち(ズーム写真)
ギリシャでは、イスモス以外でも、ロードス島のスミス山へ行く途中や、オリンピア遺跡内、コリントス遺跡内で野犬(または野犬らしきもの)を見かけました。
万が一、遭遇しても(狂犬病の可能性があることを念頭に)近寄らず、速やかに離れるようにしましょう。