古代劇場の頂上
長い急な階段を上がり、やっとたどり着いた頂上の席。驚くことに、その頂上席の後ろには、青々とした木々が生い茂り「なぜ、こんな所に木が?!」と、最初は不思議でならなかったが、劇場は、緑豊かな小丘の斜面に作られており、自然の地形を活かして建立されていることに気づかされた。たしかに、以前、航空写真で見た時、劇場が緑の中にすっぽりはまり込んでいるように見えたのだった。
木陰になった頂上席に座り、劇場を見下ろしてみる。
木陰に入ってもあまり涼しくはないが、やはり、日なたにいるよりかは、いくぶん気分が安らぐ。
ふぅー!
すると「古代ギリシャの劇場には、日なた席/日陰席なんてあったのかな?」と、疑問がわいてきた。強烈な日差しが降り注ぐ、スペインの闘牛場の席には「日なた席」「日なたと日陰の半々席」「日陰席」があって、それぞれ料金が違う。
古代ギリシャの観劇時間は長かったらしいので、席が日なた/日陰によっては、ずいぶん快適度が違ってくるのだろうな、と思う。
下写真:日陰席でくつろぐ見学者たち
頂上からは、下界の人々が消しゴムくらいの大きさに見えた。いざ、上ってみると、相当な高さで足が震えてくる。今、自分が上ってきた階段も、恐ろしい角度で、下まで一直線に伸びており、恐怖のカストロ(パラミディの城跡)の二の舞にならないよう、わたしは祈った。
子供たちは最強!
こうして頂上席で休憩をしているうちに、なんと、小学校3、4年生とみられる子供たちが、1列になって階段を上がってきた。遠足なのだろう。たちまち辺りは騒がしくなった。引率の若い先生も、常に声を張り上げている。
はるか下の舞台では、古代劇場のすばらしい音響効果を試すべく、誰かがコインを落としていたが、彼らの騒がしさで、それらは台無しになっていた。
すると、周りに座っていた西洋人たちが、いっせいに…
スーーーッ! スーーーッ!
と、まさつ音を大きく立て始めた。日本で言う「シーッ!」と同じ意味合いなのだろう。彼らは「静かに!」と、必死に合図を出していたが、エネルギーあふれる子供たちに通じるはずがなかった。
コインを落としていたのは、きっと、この西洋人グループのツアー・ガイドなのだろう。彼らのスケジュールには、この観客席でコインの音を聴くことも入っていたに違いない。そんな彼らに便乗し、わたしも、この頂上席からコインの音が聴けたかもしれなかった…しかしながら…。
残念!
子供たちの黄色い声と先生の声が、この劇場で一番大きな音だった。
小学生のグループは複数おり、わたしが座っていた場所から離れた、はるか向こう側の頂上付近にもいたが、驚くことに、彼らが一番大きな声を出していた。「彼らには、音響効果は不要なんだなぁ」と、苦笑いするしかなかった。
そうこうするうちに、いつまで経っても、静かにならない状況に、居ても立っても居られなくなった西洋人グループのおじさんが一人、一番近くにいた小学生グループに、何か一言、イヤミを言って去っていくのを目撃した。
キミたち、元気良すぎるんじゃないかい?
なーんてね…?!(笑)
退場
しばらくすると、子供たちは、また一列になり、狭い階段を下って去っていった。
やれやれ…
これで、コインの音が聴けるかも!と思ったが、それは甘かった。今度は、別の小学生の団体が先生に引率されて、古代劇場にやってきたのだった。
うわ!(キリがない…)
タダでさえ、焼けつくような暑さであったが、黄色い声が、ますます暑さに拍車をかけるように感じ…
もう、いっか~!
と、わたしは、古代劇場から退場することにした。5月末は、子供たちの遠足シーズン真っ盛りだったのかもしれない。
行きはよいよい、帰りは怖い パート2
わたしは席から立ち上がり、狭い階段を下り始めた。なるべく、劇場の底を見ないように足元を見つめ階段を下りたが、階段が果てしなく続くようで、目もおかしくなってきて、どこかで休みたいと思った。
めまいの前触れを感じていても、手すりはないので、つかまることはできない。すぐ横の座席に入って休めばよいと思うけれど、急な方向転換が難しいのと、足元がおぼつかず、通路の狭さに加え、古代の不揃いな石で転びそうで怖かった。
(下写真:座席/通路は、石が欠けているので注意!)
そして、とうとう、カストロ(パラミディの城跡)の悪夢がよみがえったのだった。立ち止まった時に、劇場の底まで一直線に続く、長い長い階段を見た時に、周りの風景が揺れ始め、そのまま転落してしまいそうになった。
もう、無理! 無理! 無理~!
わたしは、なんとか幅のある通路まで下りると、そこで息を整え、どうやったら安全に下りれるだろうか?と考えた。すると幸運なことに、この劇場の両端にある階段には、壁があることがわかった。壁につかまりながら下りればいい!
なんとか劇場のはじっこにたどり着くと、そこから石の壁につかまりながら、階段を下りた。
こうして写真で見ると、一見、大したことないように見えるが、人の小ささを見ると、かなりの高さだということがわかるだろう。
とにかく、この壁のおかげで、わたしはなんとか地上に降り立つことができたのだった。
冒頭写真:古代劇場の頂上席から、エピダウロス