以下は、「女ひとり旅日記 リンドスのアクロポリス 第5弾」です。第1弾はこちらです。
奉献物の見学(つづき)
アクロポリス頂上の神殿と雄大な景色を堪能した後、大階段を降り、再びストアに戻ってきた。石の遺物見学を再開。
司祭パシフォンのエクセドラ
中央に刻まれた碑文によると、この半円形のエクセドラは、紀元前124年にアテナの司祭パシフォンに敬意を表したもので、彼の子供たちによって奉納されました。
彼がアテナの司祭に就任する前にも、すでに2体、彼の彫像は聖域にありました。1つは彼の仲間のハエロテイミアイ(神殿の会計係、もしくは神殿の財政監督)によって、もう1つは彼の奉仕を認めたリンドスの人々によって捧げられていました。 エクセドラの建設後、最初の像の台座はその外面に組み込まれ、2番目の像の台座はその隣に配置され、碑文はエクセドラの背もたれにコピーされました。
パシフォンはアルテミス・ケコイアの司祭も務め、後に、島の首都ロードスでヘリオス(eponymous archon)の司祭になりました。
展示ボードより 引用/和訳
司祭ポリクレスによって奉納された彫像群の台座
上方にあるのが、6体の彫像の台座の表面の図。彫像の足跡や、支柱跡がわかる。
下方は、彫像群の台座正面に刻まれた文字。6番目(右端)は残っていないので空白。
ポリクラテスの息子、司祭のポリクレスによって奉納された彫像群の台座
紀元前4世紀後半ごろ紀元前313年にアテナ神の司祭である、ポリクラテスの息子:ポリクレスより、女神アテナとゼウス神へ捧げられた、6つの彫像群の台座です。6つの長方形のブロックで構成されており、その上にポリクレスと彼の父、そしてアルコニダス(archonidas)の娘である、彼の2人の妻:アンティゴナとゴルギア(gorgia)の像が立っていました。 紀元前3世紀初期ごろ、アスティクラテスの娘:アスティクラテの像が彫像群に組み込まれましたが、ポリクレスの親族であるかは不明です。6番目の像については、ブロックの正面にある碑文が破壊されているため、特定することはできません。
碑文によると、この彫像群は、カミロス出身の有名な彫刻一家、アリストニダスの息子:ムナシティモスと、グラウキアスの息子:カリメドンによって制作されました。彼らは、紀元前4世紀末から紀元前3世紀前半ごろに活躍した彫刻家でした。
展示ボードより 引用/和訳
いずれにしても、彫像は残っていない。残念~!!
その他
他にも、そこら中に数えきれない遺物が残っている。展示ボードもなく、詳細はわからない。
ふもとの白い町へ
本当に気持ちの良い、ステキな場所であった。
ここ、リンドスに来れて、本当に良かった~!
ん・・・
あれ? そろそろ、お腹空いてきたかな・・・(笑)
お腹の虫が催促してきた。名残惜しいが、そろそろ遺跡を後にしよう。
再び、トンネルを抜け、船の彫刻を通り過ぎ、眼下に広がる景色に感嘆しつつ、網目のように入り組む白い町を目指した。
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