女ひとり旅日記 コリントス ドタバタ&パニック ギリシャ旅190
パニーニ
さて、遺跡見学も無事終わり、ランチをとることにした。帰りのバスは15時台。時間も十分ある。
…と、その前に…遺跡見学中に見かけ、気になっていた教会に行ってみることにした。
コリントス
陽光に照らされた美しい教会。
コリントス
上写真(↑)午後の暑い盛りだからか、周りには人っ子一人おらず、ひっそりと静まり返って、まるで時間が止まっているかのようだった。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・
それから、遺跡の出口付近に戻り、レストラン界隈をうろうろした。そして、その中にパニーニ(ホットサンド)を見つけ、注文した。わたしは、サントリーニ島のアティニオス港で食べたパニーニが、とびっきり美味しかったことを忘れていなかった。
遠くに海が見えるテラス席に落ち着くと、パニーニと再び巡り会えた喜びが、わき上がってきた。
コリントス
そして、ついに運ばれてきたパニーニ!!(ヤッター!)
パクッ!
あれ…?
出来立てホッカホカの、パンがパッリパリ、そしてとろけるチーズが…と思っていたけれど、うーん、焼きが足りないのか、時間が経って冷めてしまったのか…
惜しい!
パニーニは、出来立てホッカホカを、決して逃してはならぬ食べ物なのだ!(笑)
(サントリーニで初めて食べたパニーニが、忘れられぬ旅の思い出となったが、帰国後「パニーニはイタリア発祥!」という事実を知り、わたしは驚愕した…(えっ、ギリシャじゃないのー?!)(笑)
帰りのバス停はどこ?
朝、コリントス遺跡に到着した時、帰りのバス停(バスのりば)が見あたらなかったため、このレストランできいてみた。団地の道を下った先にあるとのこと。しかしながら、その通りに歩いたつもりだったが、途中で完全にわからなくなった。
今思えば、仮に、言われた通り正しい道を歩いていたとしても、「バスのりば」の標識が道になければ、そもそも見つけ出すことはできない。なぜならギリシャは、必ずしも「バスのりば」の表示が道にあるとは限らないからだ。当時は、そのような可能性まで頭がまわらず、団地の中を探し回っていた。
また、道を教えてくれた女性の顔がこわばり、一瞬、不安そうな表情になったけれども、当時のわたしは、特にその意味を考えることはなかった(今から思えば、ここで、ギリシャ人の性質を思い出すべきであった)。
誤算
わたしは、仮に道に迷っても、時間は十分あるし、周囲の人々に尋ねれば何とかなる、と思っていたが、それは大きな誤算であった。
午後2時から3時にかけて、太陽の焼けるような暑さはピークに達していたのだろう。団地の中の、暑さで溶けてしまうような道を歩いている人は一人もいなかった。わたしは、路地から路地へと走り、辺りを見回し、角を曲がって下ったり、上ったりしてみたが、道を尋ねたくても、尋ねるべき人の姿はどこにもなかった。
バスのりばは遺跡の近くにあるはずだし、すぐに見つかると思っていたが、たどり着いた場所には何の標識もなく、団地の中の無人の道路を駆け上り、駆け下るうちに、30~40分あったバス発車までの時間は、みるみるなくなっていった。
ドタバタ&パニック
ヤバイ!
迫りくる時間、バス停が見つからない焦り、容赦ない太陽の熱射…。誰もが太陽を避け、涼しい家の中でシエスタをとる中、狂ったように団地の坂を駆け上り、駆け下るわたし…。
誰もいない! 誰もいない! どうしよう!
泣きたくなってくる一方、なぜ、わたしは、一番暑い盛りに全速力で坂道を走っているのだろう? と、自分が滑稽で笑いたくもなった。
そして、エピダウロスの帰りもこんな感じだったな…と、不思議なデジャヴ感を体験するのだった。
15時以降もバスの便はあったが、これを逃すと、次の便まで3時間ほど待たなくてはならず、それを思うとゾッとした。
この暑い中、さらに3時間待つなんて耐えられない!!
また、ナフプリオン最終日に冷房「強」でうっかり寝てしまい、それ以来、体調がすぐれないのも気がかりであった。しかしながらこの暑さのおかげで、悪寒はおさまっていたが、今後の旅のことを考えると、これ以上、体に負担をかけたくなかった。
なんとしても、15時のバスに乗らなければ!!
救世主
息が切れてしまい、団地の中を歩いていた時、すぐ頭上で人の声がした。ハッとして、その方向を見ると、2階の窓がガラガラッと開き、男性2人がベランダに出てきた。察するに、親子のようであった。
ヤァーサース! シグノォーミ!(こんにちわ! すみませーん!)
彼らの姿を目でとらえた瞬間、わたしは本能的に叫んでいた。そして、バス停の位置を尋ねると、彼らは英語で「遺跡にバス停がある。遺跡に戻りなさい!」と教えてくれた。わたしは今まで、団地のどこかにバス停があると思って探し回っていたので「遺跡に戻りなさい」と言われても、すぐさま反応できず、茫然自失(ポカーンと)してしまったのだが、それを見た彼らは、わたしが英語を理解していない、と思ったようで、腕を大きく振って遺跡の方角を示し「遺跡に戻りなさい!そこで人にたずねなさい!」を繰り返した。その様子から「彼らの言っていることに間違いはない」と確信した。
夢のようなタイミングで親切な彼らが現れ、英語を話してくれ、それは、本当に本当にラッキーなことであった!!
エフハリストー!(ありがとうございまーす!)
わたしは意を決し、坂道のてっぺんにゴールを定め、全速力で駆け上った。
もう、時間は15分を切っている。間に合うのか…?!
危機一髪
気合を入れ直し…
うぉりゃぁぁーーーーーーーーー!!(笑)
とにかく「ここで数時間も待てない!!」「何としても15時のバスに乗るんだ!!」という思いだけで、とうとう坂道をてっぺんまで駆け上がった。
再び、懐かしい遺跡のレカイオン通りが見えてきた。遺跡出口で係のおじさんにバス停を尋ねると、おじさんはどこかに電話してきいてくれた。そして「遺跡の入口に行きなさい」と言った。
えぇー! 入口にもどるのー?!(心の声)
コリントス遺跡は入口と出口が離れている。さほど遠くはないが、上り坂を一気に走るにはつらい距離だ。しかし「ここで数時間も待てない!!」という強い思いが作用し、一気に遺跡入口の窓口まで走った。
遺跡のおじさんがあらかじめ電話をしてくれたおかげで、事務所の女性はすぐにわかってくれ、バス停の場所(遺跡を背にして左手奥の道路)を教えてくれた。お礼を述べ、休む間もなく走り続けると、ちょっと走った先に、鉄骨むき出しのボロボロの…しかしバス停らしきものが見えてきた。そして、バス停に違いないと確信した時「あー、間に合ったー!!」と心から安堵した。
安堵したとたん、いろいろな思いがこみ上げてきたが、いろいろな人々に助けられ、本当に幸運だったと思った。また、あらかじめバスの時刻表をネットで調べておいたのも、功を奏した。バス停に時刻表はなかったし、次のバスが3時間後というのも、本当に知っておいて良かったと思った。
無事、ホテルへ帰還
わたしがバス停で息を整えていると、地元の女の子が息を切らしてこちらに走ってきた。
間違いない、もうすぐバスが来る!
ギリシャのバスは、さほど遅れずに来るのだ。そして、本当に、すぐバスが来て、コリントス市内へと走り出した。
こうしてわたしは、無事、ホテルへ帰還することができた。
おまけ
さて、これは何でしょう?
コリントス遺跡 バス停
参考までに…、帰りのバス停が、ちょうどこんな感じでした。よ~く見ると、屋根の部分に「BUS STOP(バス停)」と書いてあります(笑)(これは、朝、遺跡周辺でバスを降り、遺跡へ向かう途中で見かけたものです)。
下写真:アクロ・コリントス山とバス停(現役で使われているのか不明)
コリントス アクロ・コリントス山
つづく
冒頭写真:コリントス遺跡から見えた遠くの海