パニーニ

さて、遺跡見学も無事終わり、ランチをとることにした。帰りのバスは15時台。時間は十分ある。

…と、その前に…遺跡見学中に見かけ、気になっていた教会に行ってみることにした。

コリントス

 

陽光に照らされた美しい教会。

コリントス

 

上写真(↑)周囲には、人っ子一人いなかった。午後の暑い盛りだからか、ひっそりと静まり返って、まるで時間が止まっているかのようだった。

・・・    ・・・    ・・・    ・・・

それから、遺跡の出口付近に戻り、レストラン界隈をうろうろした。そして、その中にパニーニ(ホットサンド)を見つけると、わたしは注文した。サントリーニ島のアティニオス港で食べたパニーニが、とびっきり美味しかったことを、わたしは忘れていなかったのだ。

遠くに海が見えるテラス席に落ち着くと、再び、あの美味しいパニーニと巡り会えた喜びで、ウキウキしてきた。

コリントス

 

そして、ついに運ばれてきたパニーニ!!

パクッ!

あれ…?

出来立てホッカホカの、パンがパッリパリ、そしてとろけるチーズが…と思っていたけれど…うーん、焼きが足りないのか、冷めてしまったのか…

惜しい!

パニーニは、出来立てホッカホカを、決して逃してはならぬ食べ物なのだ!(笑)

(サントリーニで初めて食べたパニーニが、忘れられぬ旅の思い出となったが、帰国後「パニーニはイタリア発祥!」という事実を知り、愕然とした(えっ、ギリシャじゃないのー?!)(笑)

帰りのバス停はどこ?

朝、コリントス遺跡に到着した時、帰りのバス停(バスのりば)が見あたらなかったため、このレストランできいてみることにした。団地の道を下った先にあるとのこと。

しかしながら、その通りに歩いたつもりだったが、途中でわからなくなった。

今思えば、仮に、言われた通り正しい道を歩いていたとしても、そもそも「バスのりば」の標識が道に設置されていなければ、見つけ出すことはできない。なぜかと言うと、ギリシャは、必ずしも「バスのりば」の標識が道にあるとは限らないからだ。当時は、そのような可能性まで頭がまわらず、団地の中を必死に探し回っていた。

また、道を教えてくれた女性の顔が一瞬、不安そうな表情になったけれども、当時のわたしは、特にその意味を考えることはなかった(今から思えば、ここで、ギリシャ人の性質を思い出すべきであった)。

誤算

わたしは、仮に道に迷っても、時間は十分あるし、周囲の人々に尋ねれば何とかなる、と思っていた。しかし、それは大きな誤算であった。

午後2時から3時にかけて、太陽の焼けるような暑さはピークに達していたのだろう。団地の中の、暑さで溶けてしまうような道を歩いている人は、一人もいなかった。わたしは、路地から路地へと走り、辺りを見回し、角を曲がって下ったり、上ったりしてみたが、道を尋ねたくても、尋ねるべき人の姿はどこにもなかった。

バスのりばは遺跡の近くにあるはずだし、すぐに見つかると思っていたが、たどり着いた場所には何の標識もなく、団地の中の無人の道路を駆け上り、駆け下るうちに、30~40分あったバス発車までの時間は、みるみるなくなっていった。

ドタバタ&パニック

ヤバイ!

迫りくる時間、バス停が見つからない焦り、容赦ない太陽の熱射…。誰もが太陽を避け、涼しい家の中でシエスタをとる中、狂ったように団地の坂を駆け上り、駆け下るわたし…。

誰もいない! 誰もいない! どうしよう!

泣きたくなってくる一方、なぜ、わたしは、一番暑い盛りに全速力で坂道を走りまわっているのだろう? と、自分が滑稽で笑いたくもなった。そして…

エピダウロスの帰りもこんな感じだったな…

…と、不思議なデジャヴ感を体験するのだった。

15時以降もバスの便はあったが、これを逃すと、次の便まで3時間ほど待たなくてはならず、それを思うとゾッとした。

こんな暑い中、さらに3時間待つなんて耐えられない!!

…というのも、ナフプリオン最終日に冷房「強」でうっかり寝てしまい、それ以来、体調がすぐれないのが気がかりであった。この暑さのおかげで、悪寒はおさまっていたが、今後の旅のことを考えると、これ以上、体に負担をかけたくなかった。

なんとしても、15時のバスに乗らなければ!!

助け船

息が切れてしまい、団地の中を歩いていた時、すぐ頭上で人の声がした。ハッとして、その方向を見ると、2階の窓がガラガラッと開き、男性2人がベランダに出てきた。察するに、親子のようであった。

ヤァーサース! シグノォーミ!(こんにちわ! すみませーん!)

間髪を入れず、わたしは叫んだ。

バス停の位置を尋ねると、彼らは英語で「遺跡にバス停がある。遺跡に戻りなさい!」と教えてくれた。

えっ、遺跡に戻るの?!(心の声)

わたしは今まで、団地のどこかにバス停があると思って探し回っていたので「遺跡に戻りなさい」と言われても、すぐさま反応できず、茫然自失の状態に(ポカーンと)なってしまったのだが、それを見た彼らは、わたしが英語を理解していない、と思ったようで、腕を大きく振って遺跡の方角を示し、何度も「遺跡に戻りなさい!そこで人にたずねなさい!」を繰り返した。

その様子から「彼らの言っていることに間違いない」と、わたしは確信した。

エフハリストー!(ありがとうございまーす!)

親切な彼らが、夢のようなタイミングで現れ、英語を話してくれ、それは、本当に本当にラッキーなことであった!!

わたしは意を決し、傾斜のきつい坂道のてっぺんに焦点を定めた。

もう、時間は15分を切っている。間に合うのか…?!

危機一髪

気合を入れ直し…

うぉりゃぁぁーーーーーーーーー!!(笑)

とにかく「ここで数時間も待てない!!」「何としても15時のバスに乗るんだ!!」という思いだけで、とうとう坂道をてっぺんまで駆け上がった。

再び、懐かしい遺跡のレカイオン通りが見えてきた。遺跡出口で係のおじさんにバス停を尋ねると、おじさんはどこかに電話してきいてくれた。そして「遺跡の入口に行きなさい」と言った。

えぇー! 入口にもどるのー?!(心の声)

コリントス遺跡は入口と出口が離れている。さほど遠くはないが、上り坂を一気に走るにはつらい距離だ。しかし「ここで数時間も待てない!!」という強い思いが作用し、一気に遺跡入口の窓口まで走った。

遺跡のおじさんがあらかじめ電話をしてくれたおかげで、事務所の女性はすぐにわかってくれ、バス停の場所(遺跡を背にして左手奥の道路)を教えてくれた。お礼を述べ、休む間もなく走り続けると、ちょっと走った先に、鉄骨むき出しのボロボロの…しかしバス停らしきものが見えてきた。そして、バス停に違いないと確信した時「あー、間に合ったー!!」と心から安堵した。

安堵したとたん、いろいろな思いがこみ上げてきたが、いろいろな人々に助けられ、本当に幸運だったと思った。また、あらかじめバスの時刻表をネットで調べておいたのも、功を奏した。バス停に時刻表はなかったし、次のバスが3時間後というのも、本当に知っておいて良かったと思った。

無事、ホテルへ帰還

わたしがバス停で息を整えていると、地元の女の子が息を切らしてこちらに走ってきた。

間違いない、もうすぐバスが来る!

ギリシャのバスは、さほど遅れずに来るのだ。そして、本当に、すぐバスが来て、コリントス市内へと走り出した。

こうしてわたしは、無事、ホテルへ帰還することができた。

おまけ

さて、これは何でしょう?

コリントス遺跡 バス停

 

参考までに…、帰りのバス停が、ちょうどこんな感じでした。よ~く見ると、屋根の部分に「BUS STOP(バス停)」と書いてあります(笑)(これは、朝、遺跡周辺でバスを降り、遺跡へ向かう途中で見かけたものです)。

下写真:アクロ・コリントス山とバス停(現役で使われているのか不明)

コリントス アクロ・コリントス山

 

つづく

冒頭写真:コリントス遺跡から見えた遠くの海

バスの時刻・バス停の位置は、最新情報を確認しましょう(関連記事はこちらこちらです)!