フォロロマーノ(ローマ時代のアゴラ)西端の建造物
次は、西の商店群の東側に位置する、フォロロマーノ西端の建造物跡を見てみよう。
遺跡地図(↓)によると、このエリアにあたる(日本語など加筆しています)。
展示ボードによると…
ローマ時代のアゴラ西端の建造物
フォロロマーノ西端の建造物は、西暦1世紀から2世紀にかけて建立されました。ギリシャ・ローマ時代のギリシャの神殿とは異なり、これらの神殿は瓦礫とセメントで造られた高い基壇の上に建てられました。
神殿自体は簡素な長方形の内陣で、東側に天井を支える柱と階段がありました。当初は大理石の化粧板で覆われていました。
パウサニアスがコリントスで辿ったルートについては異論がありましたが、近年の考古学的証拠に基づき、フォロ・ロマーノ西端にある建造物は、以下のように特定されています。
神殿F:祭神:ウェヌス・ジェネトリクス
神殿G:祭神:クラロスのアポロ
神殿H:祭神:ヘラクレス(…と考えられています。コモドゥス帝の治世に建造)。
神殿J:祭神:ポセイドン(…と考えられています。コモドゥス帝の治世にクナエウス・バビウス・フィリヌスによって奉納されたポセイドンの噴水に代わるもの)。
バビウス・フィリヌスの記念碑:基壇上に建てられたペリスタイルを持つ円形の建物。ラテン語の碑文には「造営官(または按察官(あんさつかん))兼 高位神官のクナエウス・バビウス・フィリヌスが自費で建設に着手し、二人委員として承認した」と記されています。バビウス・フィリヌスはギリシャ系の裕福な解放奴隷で、この地域の地方官を務めていました。
神殿D:祭神:不明。2世紀後半の建立。
神殿K:祭神:運命の女神テュケ(…2世紀後半に取り壊されたと考えられています)展示ボードより 一部引用し、ざっくり和訳
※(自分なりにネットで調べたところ)ウェヌス・ジェネトリクスとは、ローマ神話の女神ウェヌス(ヴィーナス)の称号の一つで「母なるウェヌス」という意味らしい。ジュリアス・シーザーにより氏族の守護神として崇拝されたという。
(下写真↓) これが瓦礫とセメントの基壇だろうか? 向こう側(北側)に見える柱群はアポロン神殿のもの。
フォロロマーノ西端から見たアポロン神殿
アポロン神殿を背に振り返ったところ。中央にそびえるはアクロ・コリントス山。手前が神殿群とその基壇と思われる。
(上写真の拡大↓)
上の赤丸内が神殿の建物の一部であり、その右斜め後ろに見えるのが、おそらく瓦礫とセメントでできた高い基壇と思われる。
また、展示ボードによると、前記事で触れた下記2枚の写真が神殿(上:神殿H、下:神殿J)にあたるようだ。後ろに見えるのは、おそらくそれらの基壇であろう。
こちらの土台の上に配置された石は、円(サークル)を描いている。
これは、ゆいいつの円形建造物、バビウス・フィリヌスの記念碑のものであろう。バックのアクロ・コリントス山と重なって見にくいが、円形の屋根を支える柱がこの土台の石に沿ってサークル状に建っていたらしい。
※碑文と装飾部分は撮影していませんが、別の角度から見学できます。
つづく
冒頭写真:アクロ・コリントス山とフォロロマーノ西端の建造物(神殿)跡